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yuuの一人芝居

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小説 風化 書き始めます


      風化 2016/8/15
                     
 
 あの頃何を考えていたのだろう。
 
 今、六十八になり毎日時間をもて余していきていると若かった頃のことが沸々と思い返されるようになった。真っ赤に大きく照りが焼いてあたりの雲を焼きながら沈む夕日が朝日と為って上ってくることは決まってはいないという不安と同じように、若かった頃の思い出は過ぎ去ったこととはいえさざ波を心の中に呼び覚ますのに十分だった。家族八人が一つの屋根の下で生活をし、多少の軋轢はあるにしても平穏に暮らしている。六十歳を機にものを書くのをやめのんびりとゆったりと一日一日を過ごしている、それは怠惰な生活という言葉に置き換えることができそうである。そんな日々を生きていながら世間に対しては片意地張って生きている自分が悲しいのだ。昔の姿をどこかで保とうとする性に、どこまで行っても枯れない精神をみるのだが、それは言い換えれば終点にたどり着けない、つまり悟りを開くことができないということなのだと最近思う様になった。そんな中、振り返ることが多くなっている。出会った人たちの一人一人の人生を考えるのだ。あの人はどのように生きたのか、今は・・・。と・・・。悲しい性なのか、と考えるがその人たちのことは一行の文章にもしていないのだ。書いてないのではなく書けなかったのかもしれない。書くと自分のことも書かなくてはならなくなり自分で自分の首を絞めることになると言うことを考えていたのかもしれない。だからといって人様に対してその人の人生を変えるようなことをしたというのではないが。過去を明らかにするということは今の立場を決して良くはしないと思ったのだろうか。貧しいけれど無邪気な少年時代と、中風の母との生活の中で人生計画を立てて生きた青年期、そのために多少は自分勝手に生きたことも、そのことで人に迷惑をかけたという後ろめたさがあったのだが、それくらいは許されていいだろうと思うのだ。打算というその利己的な生き方を世間はよしとしなかったのも確かであるが、将来に対してこうなりたい、こうありたいと努力するのは向上心とあいまって見過ごしてもらえるものではないのか。それは自分を肯定する考えだが、人は否定していたのかも知れないのだ。結果だけ出して後は自由に自分勝手に生きた、本を読み原稿用紙に文字を埋めていた青春期、決して明るいとはいえないものであったが熱く生きた記憶があるのだ。そんな中で出会った人たちのことを今はっきりと振り返り思い出すのだ。
 
 高校一年の夏。アルバイトというものを初めてした。学費を稼ぐという目的だった。校内の掲示板にたくさんのアルバイト先の求人用紙が貼られていた。学校はアルバイトを推奨していた。百五十円の文字に心が動いてそこに決めた。決めたといっても雇ってくれるかどうかわからなかったが、とにかく面接に行った。小太りの四十くらいの女の人と定年退職をした校長上がりの人が明日からきてくれと言った。その頃定年と言えば公務員は五十歳であった。今から思えばその人は七十に見えたのだ。もう一人他校の学生がきていた。
このアルバイトが三年間の高校生活で一年間以上することに為ろうとはそのとき考えてはいなかった。日曜祝祭日、冬、春、夏の休み、期末試験がすむと月行へは行かずにアルバイトをして授業料と小遣いを稼いだのだった。このような生活をしていて勉強ができるはずもなかった。一年もするとその道にプロのように仕事ができた。商品の値段の殆どを覚えた。アルバイト先はデパートにおもちゃを卸す商店だった。注文の品に値札をつけ伝票を持ってデパートへ持って行く配達の仕事だった。
茶箱を大きくしたような箱に商品を詰め自転車の荷台に乗せて行くのだが重くて転ぶこともたびたびあった。幼稚園の前で引っ繰り返り散らばったおもちゃを園児が拾って遊ぶというようなこともあった。
 アルバイトが本業か学生が本分かわからない生活であった。学校では授業後卓球部に入っていてピン球を打っていた。
 二股の生活、その頃のことは生涯で一番楽しいものであった。


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